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浄弘寺縁起


 

 東京・西多摩地区で唯一の浄土真宗本願寺派寺院である内手山浄弘寺(じょうこうじ)が青梅の地に建立されたのは1988年のことです。
 本寺開山当時、都市開発が促進され日本全国から東京西多摩の地に多くの人々が居を移して来られました。しかし仏法を聴聞し、心のよりどころの場である浄土真宗の寺院がありませんでした。
 そういった中で、茨城県にある内手山浄国寺の次男として生まれた釈弘充(内手弘充)は本山の命を受け、また親鸞門徒をはじめとする人々の後押しにより、この青梅の地に多摩布教所を開所し、その後現在の浄弘寺を建立しました。


                                    

浄弘寺の起源 (山号『内手山』の歴史


 

親鸞聖人 (1173〜1263) 鏡の御影


 

 山号(さんごう)とは、中国に於いて所在を明瞭にするために、寺名の上につけられたものです。親鸞聖人が20年ご修行なされた京都の延暦寺にも比叡山延暦寺とあり、すべての浄土真宗の寺院には山号がついています。
 内手山(うちでさん)の由来は、親鸞聖人の関東布教伝道にあります。親鸞聖人は茨城県に約20年在住されましたが、常陸国稲田(現在の笠間市稲田)を拠点とし、自身の足で関東の各地に布教伝道を行いました。その際、聖人は「茨城県三村」の地にも度々足を運ばれました。そして、当時の三村の郷士であった「内手美濃守資康 (うちでみのうのかみすけやす)」も聖人の御化導により親鸞門弟となり、法名『釋了善』を賜わりました。門弟となった了善が聖人をお慕いして稲田に参じ聴聞にはげみ数年たったある日、聖人が稲田御坊で日夜礼拝していた御本尊の『十字名号』を了善に授け、「この名号を御本尊として三村の地に一寺を建立せよ」とのお言葉を賜りました。
 承久2年(1220年)聖人の御下命により開基を「了善上人」として、一寺(現在の浄国寺)が建立されました。 この一寺を起源とする本寺「浄弘寺」は、開基である内手美濃守資康の名をいただき、現在の山号として用いています。
 以上のように山号である「内手山」には親鸞聖人と了善上人の強い絆が込められています。
このご縁以来約800年、ご門徒をはじめとする多くの仏縁ある方々と共に、浄土真宗のみ教えに出逢えたことを悦び、そして現在に至るまでにそのみ教えを伝え続けてきました。 (浄国寺縁起参照)



                   
浄弘寺 若院 内手弘徳(釈弘徳) 記
                  
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